2014年11月14日

あいつ生意気な?「私の財産告白」本多静六

本多さんは何事も行き過ぎると
問題となると書かれています。

「私が学士会の寄付金に一千円を投げ出し、
 それが少なすぎるというのではなく、
 分不相応に多過ぎるというので、
 同僚諸氏から辞表の勧告まで受けた事件については、
 前にもちょっぴり触れておいたが、
 それは私が39歳の秋、日露戦争勃発の年であった。

 この一件の事情も、いま少し深く掘り下げてみると、
 これは単なる寄付金額の多少の問題ではなく、
 およそ勤め先の同僚間には、
 こんな思わぬことまで感情の刺戟となり
 しゃくの種となり、果ては辞職勧告の理由にすら
 持ってこられるのかという、お互いに
 大切な反省材料となるものがある。

 多人数集まって一緒に仕事をすすめていくためには、
 こうした些細なことにまで、
 だれしも一応気を配る必要があるという
 事実に気付かされるのである。

 すなわち、自分一人、何も間違っておらぬつもりで
 −事実また決して間違ておらなくとも−
 あまりに確信に満ちた態度で押し通しすぎると、
 得てして周囲の反感を招きやすい。

 あまりにいい気になってパリパリやりすぎると、
 「あいつ生意気な」ということになりやすい。
 人間も「あいつ生意気な」といわれるまでになれば、
 ある意味ではもうしめたものであるが、
 それが調子に乗りすぎると、
 とんだつまずきに行き当たる。」

寄付金をし過ぎただけで同僚の方から
辞職するように迫られるとは
ちょっとビックする話ですが、
人間関係で問題を起こさないようにするには
周りの人間と同じ動きをすることが
肝要なのでしょう。

しかしそれは個性をなくすということでもあるので
一概に良い事ではないのでしょうが
個性を出すべきところとそうでないところを
使い分ける必要があるということなのでしょう。

しかし本多さんのここの例で行くと
本多さんとしては個性を出して
多く寄付金を出すべき時と判断された場面だったのでしょうが
それでも同僚の反発を受けてしまったと言うことになります。

人と同じ行動をとっておくということは
とっても日本的な考え方なのかもしれませんが
良い時もありますが弊害もある気がします。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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