2018年03月12日

若い時より自制心をもつこと「鮮度のある人生」邱永漢

邱先生はここでは70歳になると
たいていの相手が、私が死ぬことを
勘定に入れるようになったと書かれています。

時間をもてあます余生にならないように、
自分で去就のきめられる仕事を見つけなさい
というのが私の意見である。

その点、私のように自由業だとか、
会社のオーナーをつとめているようなら、
いつまでも自分がやりたいだけ続けることができる。

お金の問題よりも、仕事から離れると頭を悩ませる
チャンスが少なくなるから、ぼけるのが早いぞ
という理由からだが、それでもやっぱり70歳になると、
自分より世間のほうがこちらの死期を
指折り数えるようになるのである。

ある時、私が代表をしている会社の不動産を某スーパーに
賃貸する商談が持ち上がったことがあった。
私は、できれば10年か15年くらいの契約期間にして、
二年ごとに一定率の賃上げをする。

ただし、猛烈なインフレになることもあれば、
逆にデフレになることもあるから、
その場合は物価と周辺の家賃の動向と社会的常識によって
上へでも下へでも調整することができるようにしようと提案した。

ところが、相手は40年間、一定比率の賃上げに釘づけにすると主張して譲らない。
私は、「いままでいろんなところで家主をつとめてきましたが、
店子さんとただの一回もトラブったことはありませんよ」と反論した。

そうしたら、相手はすかさず、
「センセイが生きておれば、私たちも心配しませんよ。
私たちはそのあとのことを心配しているのです」と逆襲された。

このように、この年になって交渉事に臨むと、
たいていの相手が、こちらが途中で死ぬことを勘定に入れて
条件を出してくることがやたら実感されるようになったのである。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 邱先生の思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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