2018年03月14日

第一線からはじき出される運命「鮮度のある人生」邱永漢

邱先生はここでは実業界ではチームワークが
常識になっているせいか、たとえオーナーであっても、
老いぼれた指揮官をチームそのものが
受け付けようとしない傾向がつよいと書かれています。

自分が年をとってやっと気づいたことだが、
人は一定の年齢に達すると、まだ鬼籍に入ってもいないのに、
世間が早くもそうした余命いくばくもない人間として
扱いはじめるということである。

私は今でもジャーナリズムの第一線にいるし、
さいわい仕事も山ほど抱えているので、
時代遅れの人としては扱われてはいない。

また、企業のオーナーとしても新しい仕事を手がけるだけの
企画力と資金力を備えているので、
相談役とか元社長のような扱いは受けていないが、
それでもだんだんそういう人たちと似たような扱いを受けるようになる。

世間には年齢に対する平均的な見解があって、
例外をあまり認めようとしないのである。

私は、人生の長距離走者として途中でへたばらない方法は、
定年になっても仕事をやめないことで、
やめたとしてももう一度再スタートすることをすすめている。

自分自身も、いくつになっても冒険心を忘れず、
失敗を恐れず、好奇心を持続することをモットーとしてきた。

ところが、60代も半ばになると、同じ年代の人たちが
だんだんと姿を消してしまう。死んでしまった人もいるが、
大半はまだ死んだわけではないのであるが・・・。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 邱先生の思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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