邱先生はここでは、どんな服装をするかは
年をとるほど気を使う必要のある大切なことである
と書かれています。
「男は外見より中身だ」というけれど、中身は外からはわからない。
本当のことをいうと、男だって中身は大したことがないのが大部分である。
ましてや年をとってくると、もともと大したことないのが
もっと崩れかかってくるから、せめて包装でごまかすよりほかない。
かといって、派手なカッコをすれば若く見えるというわけでもないから、
年相応に老けて見えるのはかまわないが、何はともあれ、
上品に見える工夫をしなければならない。
これが予想外に難しい。私たちがその人を判断する第一の材料は、
その人の人相も含めて、その人が醸しだす雰囲気であり、
第二の材料はその人の身なりである。
身なりがその人の評価をする重要な基準になる以上、
身なりをちゃらんぽらんにしておくわけにはいかないのである。
服装は、気をつけていれば、すぐに改められると思うかもしれない。
その点、人の顔や人相は長い時間をかけて形づくられたものだから、
顔を見れば、その人となりや履歴のおおよその見当がつく。
「男の顔は履歴書」というように、口でいくらうまいことをいっても、
顔に描いてあることは簡単には消せないから、
顔を判断の拠りどころにするのが一番間違いない。
しかし、顔が履歴書であるように、身なりも履歴書のキモノである。
どんな履歴の人がどんな身なりをするかはだいたい決まっている。
人の着ている服を見て、他人がその人の素性の大体の見当をつけるのも、
実は素性によって着るものがきまっていて、外見から中身を当てるのは、
当たらずといえども遠からず、だからである。
2018年03月23日
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