2018年03月23日

身なりも履歴書のキモノ「鮮度のある人生」邱永漢

邱先生はここでは、どんな服装をするかは
年をとるほど気を使う必要のある大切なことである
と書かれています。

「男は外見より中身だ」というけれど、中身は外からはわからない。
本当のことをいうと、男だって中身は大したことがないのが大部分である。
ましてや年をとってくると、もともと大したことないのが
もっと崩れかかってくるから、せめて包装でごまかすよりほかない。

かといって、派手なカッコをすれば若く見えるというわけでもないから、
年相応に老けて見えるのはかまわないが、何はともあれ、
上品に見える工夫をしなければならない。

これが予想外に難しい。私たちがその人を判断する第一の材料は、
その人の人相も含めて、その人が醸しだす雰囲気であり、
第二の材料はその人の身なりである。
身なりがその人の評価をする重要な基準になる以上、
身なりをちゃらんぽらんにしておくわけにはいかないのである。

服装は、気をつけていれば、すぐに改められると思うかもしれない。
その点、人の顔や人相は長い時間をかけて形づくられたものだから、
顔を見れば、その人となりや履歴のおおよその見当がつく。

「男の顔は履歴書」というように、口でいくらうまいことをいっても、
顔に描いてあることは簡単には消せないから、
顔を判断の拠りどころにするのが一番間違いない。

しかし、顔が履歴書であるように、身なりも履歴書のキモノである。
どんな履歴の人がどんな身なりをするかはだいたい決まっている。
人の着ている服を見て、他人がその人の素性の大体の見当をつけるのも、
実は素性によって着るものがきまっていて、外見から中身を当てるのは、
当たらずといえども遠からず、だからである。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 邱先生の思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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