2018年04月10日

忙しい間に趣味をはじめる「鮮度のある人生」邱永漢

邱先生はここでは、趣味道楽というものは
仕事に追いまくられているあいだに、
わずかな時間を見つけて割り込ませる
必要がある、と書かれています。

趣味とか道楽とかいう以上、ほかに本職があっての遊びだが、
遊びに熱中するあまり、それが本職になってしまう人もある。
茶道、書道、絵画、陶芸、囲碁、将棋、骨董、蒐集、俳句、音楽など
家の中にいても結構楽しめることから、
野外スポーツ、旅行、カメラ、登山、ドライブ、飛行機の操縦など、
身体が丈夫でないとつとまらないものもある。

人がどういうことに趣味を持ち、
何を趣味とするかはそれぞれの好みによるものだから、
どんな趣味を持とうと人の勝手だが、趣味を持たない人から見たら、
「おかしなことに熱中する人が多いなあ」ということになる。

趣味とか道楽とかいうのは、
世間やお金のためにはならなくとも、自分の楽しみになり、
自分の満足が得られれば良い性質のものである。
そういう行為が私たちの楽しみになり、
自分の満足が得られればよい性質のものである。

そういう行為が私たちの生活の中で占める地位は
年と共にますます大きくなっている。
また、そういう中から他人が趣味道楽にしていることを
職業にする人も年々ふえている。

プロと呼ばれる一群の人々は、役にも立たないことを
本職にするものだから、社会への貢献度は低いが、
スターとしての人気や懸賞金にありつけるため、
収入もバカにならないし、若者たちのあこがれの的になる。

社会が豊かになるほどそういうプロが生存できる空間がふえるので、
いままでにきいたこともないような肩書の職が次々と現れる。

趣味道楽は本来、時間潰しのためにあるものだから、
時間があまってほかにやることのない人にとってもってこいの手段である。
しかし、そういった手段をすべて仕事を失ってから探すのでは遅すぎる。
若いうちにそういうものを見つけて、時間をそれに使っておれば、
仕事がなくなったあと、趣味道楽の時間を延長して使うことが出来るのである。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 邱先生の思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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