2018年05月05日

死ぬ権利「鮮度のある人生」邱永漢

邱先生はここでは、「尊厳死」を選ぶ人は
日増しにふえていると書かれています。

人間の「生きる権利」が既に充分、
尊重されている先進国でも、人間の「死ぬ権利」は
まだ充分に認められているとは言えない。

人は皆、生きたいという本能を持っている。
できるだけ生きのびて、永遠に死なないですませたい
と思っている人もたくさんいる。だからこそ人類の歴史の上で
殺戮や幽閉が刑罰として成り立ってきたのである。

「死ぬ権利」は、文明国の、それも老齢化が
現実のものとなりつつある社会に生まれた新しい、
且つ切実な要求なのである。

幸か不幸か、日本もそういう条件を備えた文明国の
仲間入りをすることになってしまった。
年をとる立場にいる人だって、人に迷惑をかけてまで
生き続けたいと思う人も多いに違いない。

そういう人たちが延命のための治療を拒否して
自ら死を選びたいと思うことを「尊厳死」と呼んでいる。
ところが、日本では「死ぬ権利」を
人権と矛盾する行為と思い込んでいる人が多い。

その証拠に病気をしている本人の意志を確認しないで、
医師が患者を安楽死させようものなら、
たちまち殺人罪に問われたりするケースが再三ならず起こっている。

京都の田舎の病院長が、家族の了解を得て、
生きる苦しみから解放する処置をしたら、
裁判沙汰にまで発展してしまった。
日本の法律は遅れているなあ、と感じた人は多かったに違いない。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 邱先生の思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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