2015年12月10日

専門学校の教育方針「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは専門学校の教育は
天才的な教育を施すべきと言われています。

「なんでもこれは浜松高工前代未聞のことだったらしくて、
 同じ学生仲間でもずいぶん評判になったが、
 生来無茶苦茶なところがある私は、
 退学処分になったのをもっけのさいわいに、
 月謝も払わずにその後も平気で教室へ通っていたものである。

 いまの時代では、こういう無茶は通用しないだろうが、
 私は無茶は無茶なりに言い分を通していたつもりである。

 というのは当時の教育(いまでもそうだが)は、
 専門学校でありながら、免状をくれるための教育を
 施していて、肝心かなめの実戦的、あるいは、
 非常に実務に即応した学問を懇切丁寧に
 教えていなかったからである。

 したがって、私のように実際に仕事をもち、
 夜間の学校に学ぶ人たちにとっては、
 現在でも、私が過去に感じたと
 同様の矛盾があろうと思う。

 これは学校側の教育方針の誤りであって、
 専門学校であるならば、先生方は天才教育的な
 教育方針をとるべきではないかと思う。

 さもないと、生徒は免状主義の勉強に走り、
 ほんとうの学問を忘れるようになるかもしれないのである。」

工業の学校に入ってそこで科学系の学科が少なく
一般教養とか体操の授業が多いとなると
仕事に生かすための勉強をしに来ている生徒にとっては
時間の無駄となってしまいます。

これから世の中に出てゆくような学生の場合は
一般的な読み書きそろばんのような授業も必要でしょうが
働いている人が仕事に役立つ知識を学ぶために
夜間学校に来ている場合はやはり
専門技術に関する授業を充実させる必要があります。

本田さんは自分に役立つ授業だけに出て
他には出なかったので退学になってしまわれましたが
世界に通用する技術者となられたのは皆様ご存知のとおりです。
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2015年12月09日

実戦即応の勉強「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは技術者には基礎勉強が
大事であると言われています。

「事務員や営業マンでも、最近は相当専門的な勉強が必要だが、
 われわれ科学、技術関係者になると、
 漠然たる人生勉強や要領学ですますわけには絶対ゆかない。
 やはり基礎の専門勉強をすることが、
 終局には人生勉強を果たすことになるのである。

 私は正規の学問を受けずに早くから実業にたずさわっていたが、
 事業をうまく経営できないのは年齢の若さのせいだけではなく、
 専門的な学問が未修であるからにちがいないと気がつき
 28歳という年齢になって浜松高等工業へ入学した。

 ところが、私の入学は、自分で一定の目標をもち、
 携わる業務をもっての入学であったから、
 事業中の講義はすべて仕事へ直結させて耳に入れたかったし、
 目標にそった課目を勉強させてもらいたかった。

 しかるにここでの勉強は、体操とか、綴り方とか、
 教練とか、私にとってはどうでもよいような勉強が多すぎて、
 昨日聞けば今日役に立ち、今日聞けば明日役に立つような物理、
 応用科学などの科目がたいへん少なかった。

 これは私のように、腹がへったから飯を食った、
 すぐふくれた、というように効果を焦るほうが
 無理なのであろうが、とにかくマドルコシくてならなかったので、
 私は不必要と断じた学科にはいっさい出席せず、
 その科目の試験には一切応じなかった。

 もちろん教師も気が気ではなく、ずいぶん注意はしてくれたが、
 私自身がちっともいうことを聞かないので、
 やむをえず、とうとう退学処分に附したのである。」

本田さんは小さいころから静岡から東京に丁稚奉公に出て
アート商会で車の修理技術を習得されました。

よってここで書かれているように
専門技術を学校で習われたわけではなく
実学としての学問だったのでしょうが
確かピストンリングの製造に取り組まれたときに
学問の必要性を実感されたので学校への入学を
決断されたのだと思います。

28歳になって会社の経営をしながら
学校に入学しようと思い実行される
その行動力にも驚きますし
持ち時間の関係からだと思いますが
本当に役に立つ授業だけに出席するという
割り切りにも驚いてしまします。
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2015年12月08日

適当に不満をもたせろ「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは人間はお釈迦様みたいではなく
何処か間抜けな部分があるのが良いと
言われています。

「人間はどこか阿呆なところがあるほうがよい。
 人間は悪い心といい心の両方持ち合わせがある。
 両方の心を満たして人間生活ができるので、
 いい面だけでは息がとまってしまう。

 私は仕事に関してはやかましい。
 しかしずいぶんそそっかしく間抜けである。
 それでオヤジあんなにいばっていたって、
 あんなところで間抜けているということで、
 みんなついてこられる。

 仕事はやかましく、お釈迦さまみたいに
 意志強固であったらみんな窒息してしまう。
 人間としてついてこられなかったら駄目だ、
 家庭だって同じことがいえる。
 判で押したような人は駄目だ。
 変化に富んでいるのが人間である。

 うちの亭主のこんなところが直したい。
 なんとか家へ早く帰ってきてもらえないか、
 今日はどうだ、明日はどうだというところに、
 なんとか改革の余地があって女房も楽しい。
 楽しいといっては悪いけれど、
 目標があることによって、
 いろいろなことを忘れておられる。

 判を押したように帰ってくるのだったら、
 目標も何もない。不完全さの中でお互いに
 怒ったり、泣いたり笑ったりしながら
 家庭の基礎は築かれていく。

 酒もタバコもやらない、
 毎日一定の時間になるときちんと帰る、
 いわゆる一等亭主と生涯暮らすかと思うと、
 女房は息がつまってしまう。
 ときには酒を飲んで愉快にはしゃぎ、
 歌でも歌ったりしたほうが案外女房は喜ぶ。」

この本田さんの文章を読んでいると
ご自分の悪行の数々を肯定するために
少しぐらい悪い亭主の方がいいのだと
書かれている気がしてきます。

しかし仰るとおり堅物で生真面目だけの
人間であれば周りの人は息が詰まってしまいます。
少しぐらい変な方が人間味があって
周囲の雰囲気をよくすると思います。

酒もタバコも女の人にも手を出さないのが堅物でしょうが
私はちょっとだけお酒を飲む程度ですので
その意味では面白みのない人間と思います。
でもそう思っているのは本人だけかもしれません。
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2015年09月18日

亭主の仕事へ口出しするな「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは法人というのは
働く人の得意な部分を持ち寄ることで
成り立つと言われています。

「仕事に関する要求は出すべきものではない。
 これは女房の知らない世界なんだから。
 ことに人事関係は困る。

 人事に関してちょこちょこというと、
 はじめはなんだそんなことと思っても、
 だんだんそれが意識に残るようになる。

 そしてヒステリックになる。
 人事とかいろいろ経営というものに対し、
 正確な判断ができなくなってくる。
 であるから、仕事にはいっさいタッチしてもらいたくない。

 タッチするんだったら、
 私は自分と違った性質の男を頼みにする。
 一人で事業というものはできない。
 法人という意味は株式会社だから法人というものではない。

 自分一人では欠陥が多い。
 しかし欠陥の多い人ほど特徴がある。
 そういう特徴のあるいろいろの人が
 集まってお互いに尊敬し合い、
 ないものをその人からもらい合い、
 そして一つの事業ができている。

 法人というものは円満なる人格を備えた
 夫婦だと私は解釈している。」

本田さんの奥様というと
本田さちさんだったと思いますが
本田技研が出来たころは
会社にも出入りされていたと思います。

この文章を読むと奥様が会社の人事にも
口を出された様で、それを本田さんは
良くは思っておられなかったようです。

差別的な考えかもしれませんが
車をつくる仕事は男の世界で
女の人に口を出してほしくないと
本田さんは思っておられたのかもしれません。

本田さんは奥さんを仕事のパートナーとするのではなく
自分と性質が違い、得意とする分野も違う人を
パートナーとして選ばれました、
それは藤沢武夫さんで一緒にホンダの経営に当たられました。

お二人が得意な分野で活躍することで
ホンダは大きく成長し二輪から四輪へと分野を広げ
日本から世界へと活躍の場も広げる事となったのだと思います。

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2015年09月17日

夫婦は二人で一人前「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはここでは夫婦でうまく立ち振る舞う
必要があると言われています。

「けれども悪いことをしたら悪いと認め、
 そしてしょんぼりする。

 家へシッポを巻いて帰ってくる純情さ、
 相手はそれを純情とは解さないだろうが、
 私にいわせれば純情さで、悪いことをしても、
 やはり家族は尊いものだという
 一つの人間性をもっていれば、
 教育するしないではなくて、
 通ずるものがあると思う。

 それによって相手は鬼にもなるし蛇にもなる。
 怒ることは怒ったって、時がたてばやはり
 やさしい口もきいてくれるだろうし、
 こっちも悪いと思う。それでいいと思う。

 夫婦は二人で一人前、二人寄らないと
 社会的に家族と職業というものは成立しない。
 だから女房というものは、亭主が技術屋なら技術屋らしく、
 経営者なら経営者らしくふるまわないといけない。

 これは大きな問題である。
 社長の女房がけちけちして、
 人が来てもドブロクを飲ませるようではいけない。
 やはり分相応の金の使い方をしないと困る。」

ここの文章の前半は本田さんが
浮気をした時のお話なのでしょうか。

もしそうであれば本当に自分勝手な論法で
悪いことをして帰ってきても
純情な自分を許してもらって
相手の怒りは時が解決してくれる
ということの様ですので
本田さんは良くても
奥様は納得がいかないのでは思いますが
実際のところは如何だったのでしょうか。

後半部分は女房という役割は
亭主の職業とか立場にあわせて
立ち振る舞って欲しいとの
本田さんのお願いの様です。

本田さんは技術屋でもあり経営者でもあったので
奥様は本田さんに立場にふさわしい
振る舞いが必要ということだったのでしょう。

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2015年09月16日

反感を抱かせるな「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはここでは男の望む女房のあり方を
述べておられる気がします。

「いままでのしきたりからいうと、
 男は外で仕事をし、一家を支えるという責任がある。
 その夫をロクデなしの亭主だ、甲斐性がない
 というような女房は悪妻の最たるものだ。

 そういわれれば男の値打ちは地に落ちる。
 これらの言葉は男の急所をえぐる
 いちばん痛烈なパンチである。

 仕事は男の生命線だから、
 これでは男が反感を抱くだけで、
 家庭的なプラスにはならない。
 会社でからだも疲れ、心も疲れて帰ってくる
 夫の心のよりどころとなり、
 勇気づけてくれるような女房がいい。

 私は女房教育などしたことがない。
 むしろこっちが教育ばかりされている。
 家では女房が校長先生で、
 私はいちばん手のかかる幼稚園の生徒である。

 だから女房教育なんてとんでもない。
 ただしかし、間接的には教育しているのだろう。
 だいたい女房を直接教育をしよう
 なんていうことが太い考え方で、
 満足な亭主でない私が教育なんかできはしない。」

奥さんの中には自分の旦那のことを
みそくそにけなす方がおられるようです。
けなされることで奮発する方もいるのでしょうが
通常は反対にやる気を失ってしまいます。

そうなると本田さんが言われているように
家に帰ってきたときに頼りない旦那と思っても
そんなことはおくびにも出さずに対応してくれると
本当に助かる気がします。

男というものはどちらかというと
頼りにされていると感じると
やる気を出すものだし、
おだてられると同様に気分よく
何でもするものと思いますので
その辺をうまく操縦してくれる
女房が良い女房ということになる気がします。
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2015年09月15日

家は女房の城郭「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは家では女房関白で
自分は居候と言われています。

「男というものは外に出たときは、
 大勢とつきあっている仕事というものがある。
 また商売には浮き沈みがあって、
 沈んだときには家へ帰って女房に話せば、
 いくぶん気がまぎれて勇気づけてくれる。

 これは他人ではできない。
 沈んだときには実に淋しいもので、
 自分の話しを真剣になって聞いてくれる意味において、
 私は女房を非常に高く評価する。

 しかし、そういうときばかりではあまりよくない。
 実際は、女房に叱られるときがいちばん商売は華やかである。

 私は、家では仕事の話をして
 女房の協力を得るということは全然しない。
 そのかわり分野をはっきり割り切っている。
 私は研究所や工場へ行ってムキになって仕事をする。

 そのかわり家へ帰ってくれば何もしない。
 家は女房の城郭だから、こっちは居候みたいなものである。

 家庭では女房関白で女房に任しておく。
 私も女房もおのおののその分野を守り、
 女房が仕事のことにくちばしを入れない。
 私も家のことにはなんら口を出さない生き方をとっている。」

この文章を読むと本田さんらしさを感じざるを得ません。

どの辺で感じるかというと、
本田さんは家は女房が主人公で
自分は工場とかで仕事するという所でしょうか。

本田さんは自分の得意とするところは
自分が引っ張っていかれましたが
不得意なところは相棒に任せておられました。

その構図が家と会社という場合では
家が奥様で仕事では自分という
役割分担となっているのです。

そしてお互いが相手の領分について
口を出さずにお互いを尊重しておられます。
それなので自分の分野では責任をもって
何事にも取り組んむことになるのでしょう。
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2015年09月14日

お役人は自分で運転が必要「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは道路に関係するお役人は
自分で車を運転するべきと言われています。

「最後に日本の道路を直すための迷案を提出しよう。

 それは、国会議員や建設省、都や県の
 道路行政にたずさわっているお役人は、
 自動車を自分で運転する義務を課せば、
 日本の道路はすぐよくなるだろうと思う。

 とにかく、うしろの座席にふんぞり返って
 タバコをふかし、運転手の苦労なんて
 何にも知らずのらくろしている連中が、
 道路行政の指導権をもっている
 なんていうのは最大の罪悪だと思う。

 道路公団の総裁以下、
 免許をもたないものは、
 即刻首にするということになれば、

 高速道路などと銘打って、
 蛇が蛙をのみこんだような
 太くなったり、細くなったり、
 曲がりくねったみっともない
 高速道路を通して得意になっているような
 恥知らずなことはできないはずである。」

物事を進めるには権限を持っている人が
決断することがいちばんの近道と思います。

またどのように進めるかも
権限を持っている人がどのように
物事をとらえているかによって
大きく違ってきます。

よって本田さんが言われるように
道路に関係して権限を持っている人々が
自分で車を運転して道路を走れば
どこが問題でどうしないといけないかが
身にしみてわかるので
使いやすい道路が出来るということになります。

本田さんは迷案であるがと最初に断っておられますが
考えてみると正論ではないかとも思うわけです。
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2015年07月17日

政府は反省が必要だ「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは政府は自分のやったことに対する
反省が必要であると言われています。

「政府やったことはほとんど
 成功しているようなことになっている。

 いろいろな開発事業でもなんでも、
 やって失敗したということは
 いまだかつていったことがない。
 これは政府の失敗でしたと
 国民の前でいったことはない。

 いっていいはずなんだが。
 いわなければならないはずなんで、
 成功したものか失敗したものか、
 はっきり国民の金を使ったんだから、
 報告する義務がある。

 しかるにいまだに政府がこれをいって、
 失敗して申しわけなかったなかったということを、
 国民に対していったのを聞いたことがない。

 こんなことでものがよくなりっこない。
 反省がないんだから−。
 失敗したって、彼らは絶対の権限をもって
 税金を取り上げて埋め合わせしているんだから、
 永遠に失敗がないと思っているらしい。
 これは国民として要求する権利がある。

 最後に、役人について一言すれば、
 彼らはいま述べたように反省がない。
 やったことが絶対いい結果になるんだから、
 これでは安心して任せられない。

 失敗が絶対ないということで反省しなくてもいいんなら、
 馬鹿でもやれる。群がっている必要はない、
 半分に斬るべきだと思う。」

確かに政府の反省は聞いたことはありません。
政策の見直しもありますが
確かにちょっと遅すぎの感じも受けています。

たとえば、ゆとり教育は長年問題として
世間では受け止められておりましたが、
その誤りを正すことは長いこと行われませんでした。

世の中のお金持ちの子息は公立の学校ではなく
私立の学校に通わせるので
ゆとり教育とは別の世界であって
充分教育を受けさせていたのでしょうが
一般庶民の我々の子息は公立学校に通わすことになるので
学力が以前に暮らべて下がってしまったのでしょう。

この問題は日本の技術力の低下にもつながる
国の存続にも影響する大きな問題でしたが
反省の弁は聞いたことがない気がします。
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2015年07月16日

指導とはおこがましい「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは役人が専門家を
指導するなどとはおこがましい
と言われています。

「それから指導というが、
 指導というのはおかしい。

 それは私らはこの商売をむきになって
 一生懸命やっている専門家である。
 片一方で、関係のないそこいらの
 月給もらっているのが
 指導なんておこがましい。

 指導と称してがちゃがちゃいう。
 そういう人がいなければ、
 もっと税金も少なく、
 うっとうしいこともなくてすむし、
 もっと能率が上がっている。

 またおかしいことは、政府で
 いろいろなことを発表すると、
 あたかもてめえが指導をして
 上げたような錯覚を起こすような
 経済白書を出す。全くおかしい。」

本田さんは役所とはいろいろ戦いをされたようです。
役人は日本の自動車会社の数を
これ以上増やさないように画策していて
それに憤慨した本田さんは急きょ
軽トラを発売して政府に対応されたと聞いています。

役所が日本の将来を心配するのは勝手ですが
商売を始めることを禁止する権限がある事は
おかしいことで市場経済とはかけ離れている気がします。

ここの本田さんの文書でも
余程役人の取っている行動が
気に入らないことがよくわかります。

たしかに専門家でもない役人が
オートバイとか自動車を設計して
製造を行っている企業を指導できるわけもありません。

それを指導しているというのは
おこがましいことで技術的な事は
役人にわかるはずもないのだと思います。

役人は企業がうまく成長するように
フォローするように心掛ける必要があり
本田さんの時代は反対に足を引っ張る
役人が多かったのでしょうが
今は如何なのでしょうか。
 
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2015年07月15日

年末の道路工事はおかしい「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは東京都が暮れになぜ
道路工事をするのか疑問を呈されています。

「道路そのものは、炭坑節道路だ。
 掘って掘ってまた掘って、
 暮れになるとまた掘り出す。

 人が忙しいときになると邪魔してあるく。
 おかしい、全くどうかしている。

 東京都のやっていることはなっちゃいない。
 あんなものはシーズン・オフにやればいい。

 人が遊ぶときに、人が忙しくなって
 猫の手も借りたいころになると掘り出す。
 もうそこらじゅう掘り始めた。
 暮れになるときまって始める。
 
 それから政府はよく経済白書なんか出して、
 今年は収支が黒字でなんだかんだいうが、
 あたかも自分が施策したものがあったようにいうけれど、
 政府がなければ、もっと黒字が上がっていただろう。
 政府が足手まといになっているものだから
 このくらいですんでいる。」

年度末の道路工事は誰しも疑問に思うことと思います。
しかし疑問に思ってもそれを世間に名前が知れた方が
堂々と言われることは少ないと思いますが
本田さんは正々堂々と意見を言われていて立派な事と思います。

本来まだ修理が必要ではないと思う
道路工事をなぜするのか
それは道路業者を儲けさせるためなのでしょうか。

公務関係の予算はその年度で使い切らないと
いけないので年度末に使ってしまう必要があると聞きますが
そのルールは変更できないのでしょうか。

年初予算では必要と思っていた
修理が必要でないと思えば
翌年に持越しすればよいのではないでしょうか。

元はといえば国民の税金ですので
それを如何に有意義に使うかは
お役所の人たちがよくよく考える
必要があるのではないでしょうか。
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2015年07月14日

交差点が多いのが問題「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは道路が混む理由は
交差点が多いせいと言われています。

「スピードが出ないから混んでいるだけだ。
 勘定してごらんなさい。
 銀座通りを一日に何台通るか、たいして通っていない。

 もっとスピードを出した方がずっとたくさん通れる。
 混むのと多いのと一緒にしている。
 たくさん道路をつくればつくるほど交差点がおおくなり、
 ますます混んでしまう。

 過日特急つばめが自動車をひっかけた。
 あれなんか、踏切のすぐこっちに交差点があり、
 その交差点がつまっているから、
 はみ出したのをバンとやっちゃう。

 交差点がなければあんなことはない。
 どんどん流れているからである。
 東京の自動車なんか、各国の比率からいって多くない。
 人口に比例しても、面積の比例からいっても東京都は多くない。

 調べてごらんなさい、
 各国の自動車より絶対多くない。
 ただスピード制限が多く
 交差点が多いので、スピードが出ないから混む。」

本田さんにとって、移動時間をいかに短く済ませることが
とっても大事な事なのだと思います。
何よりも時間を大切に考えておられます。

ところが日本の道路事情は
交差点が多いですし制限スピードもあって
それは安全のためだと思いますが
移動に時間が掛かる構造となっていると
お考えなのでしょう。

本田さんはこの文書を書かれた時には
すでに海外視察をいろいろされた後だからか、
世界に対して東京の車の量は多くなく
混雑の原因は交差点とスピード制限のせいと
考えられるに至ったのではないでしょうか。
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2015年07月13日

道路はもうつくるな「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは道路の交差点を
立体交差にすることを提案されています。

「私はあんまり政治には関心がないけれども、
 自分で自動車を運転しているから
 道路には非常に関心を持っている。

 東京都がオリンピック道路をつくるといっている。
 道路はつくらんでもらいたい。
 道路をつくれば交差点が多くなってますます混乱する。

 道路は交差点をつくればつくるほど混乱に陥る。
 それよりもまずこの道路を
 交差点のないようにしてもらいたい、
 立体的な高架線にしてもらいたい、
 そうして流れのスピードを早くすればいい。

 銀座通りが混むのは、
 車が多くて混むというのは間違いだと思う。

 役人というのは頭がおかしい。
 車が多いんではなく、
 スピードが出ないから混んでいるだけなんだ。
 それを車が多いのと混んだのと一緒にしている。」

本田さんの物事の捉え方は
情人とちょっと違った視点となっていて
交差点がある事をここでは問題視されています。

確かに交差点がなくて
立体構造であれば渋滞ということは
起きないかもしれません。

確かに長距離を移動する高速道路では
確かにそうだとおもいますが
日常生活に使用する道路では
高架にすると何かと不便になってしましますし
建設費用とかも膨大になるし
実際問題はいかがなものかと思います。
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2015年05月22日

年寄りの役割「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは政府は年寄りと同じような
役割を果たす必要があると言われています。

「それから若い人の納得できる政治
 ということを申し上げたいのは、
 若い人というのは純真だから、
 議論を尽くせばいいものはいいと賛成する。

 若い人ほど純真だから、吸い取り紙と一緒で、
 若い人は悪いものもいいものも
 全部吸い取ってしまう。

 そこで年寄りが吸い取ってはいけないものと
 とってもいいものの見わけをつけてやることが、
 やはり年寄りとして必要で、

 政府もそういうふうなことで、
 一つの家でいえば年寄り的な存在で、
 国民によく見通しをつけてやるということ、
 そういう点をわたしはさっそくやらなければいかんと思う。

 これが先行しないと何をやっても無駄である。」

本田さんの文章の中でご自分のことと思いますが
「年寄り」としての役割を書かれているのは
ちょっと違和感があります。

というのも本田さんは年を重ねても
新しい事へチャレンジをされて
アイデアもたくさん出されたと認識しているからです。

しかし若い人に比べて
多くの経験を積んだ自分たちだからこそ
いいものと悪いものの分別をつけることが
出来るのでそれを伝える必要があるということでしょう。
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2015年05月21日

政党を監視せよ「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはいいことはいいことと賛成して
実行に移すことが必要と言われています。

「社会党のいうことでいいことだったら、
 自民党は、それはいいことだ、
 それならそれをやりましょうといっていいんじゃないか。

 国民はほんとうは自民党はいい党だということなる。
 それを反対するからろくでもないやろうだということになる。
 
 社会党にしても、自民党がいい政策だったら、
 絶対にあれは反対せずに、双手を上げて
 賛成してやってこそ国民の政治である。

 いまの政治は国民の政治ではない、
 自分の党の政治である。
 あれは反対党であって、批判政党ではない。

 こういう点を直接に直す政治をまずやらなければだめだト思う。
 私が首相だったらこういうことをすぐやる。
 そして、国民に議会を監視してもらいたい。

 国民が政党を監視するような組織を先につくる。
 これをつくりさえすれば今度はつまみ出されてしまう。

 選挙のときろくでもないことを反対して
 ガタガタやっていると、国民が投票しなくなる。
 これがほんとうじゃないか。
 だから政府だけに責任があるわけではない、
 やはり選挙する国民もこういう点を
 よく見きわめなければいかんと思う。」

政治の世界を見ていると
政党間の争いではないかと思うケースが
過去はよくありました。

如何にほかの政党の意見にケチをつけるか
如何に言い負かすかを競っているように思う場合がありました。

しかし、最近の傾向を見ていると
政党間に考え方の違いがなくなってきたせいなのか
この政策については同意するというケースが
出てきているので、本田さんが言われる
いい政策についてはいいと言える時代が
来ているようにも思いますが如何でしょうか。
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2015年05月20日

議会政治をやってもらいたい「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは本来の議会政治をやるべきであると言われています。

「うちの専務の場合でもそうだけれども、
 専務と意見が違うことがある。
 しかし、違うことがあっても、目的は一緒である。

 会社をよくしようという目的のために
 いろいろ考えてきてのこと、
 政府でいったら国民をよくしよう、生活をよくしよう、

 そう思っているんだったら、
 あくまで国民というものを絶対の条件において、
 お互いに議論を尽くして、反省して一致を見出すようように
 していくのがあたりまえである。

 われわれの会社が伸びたというのは、
 お互いに批判しながら一致点を見て、
 そうしてきているところにうちの会社の発展がある。

 いまの日本の政治を見ると、反対だけで、
 調整しよう、ゆずり合おうということが一つもない。

 ゆずり合わんでもいい、いいものはいいであくまでいいと思う。
 しかしいいものはいいと認めるだけの勇気がない。
 欺瞞であり、政策が自己主義的である。
 それだから私はいけないと思う。

 議会政治というものはそうあるべきだということ、
 本来の議会政治のやるべきことをやってもらいたい。」

日本の政治家とか運動家を見ていると、
政府が色々と考えたことについて
いちゃもんをつけているだけという印象を
長らく持っていました。

消費税を最初に導入した時も
当時の野党第一党は「消費税反対」と
高らかに発言していました。

本田さんが言われるように
日本の将来のことを考えて
わが党はこのように考えるというと
主張して議論を尽くすことでより
良い政治が出来る気がします。

議論を戦わすことでより良い国家とか会社を
作り上げる事が出来ると思うので
自分の意見だけではなくて
多くの人の意見を確認して進める必要があると思います。
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2015年05月19日

総理大臣に希む「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは政治については純真であって
批判政党があるのが望ましいと言われています。

「まず若い人の納得のいける政治をしてもらいたい。
 では若い人の納得のいく政治とは何かといえば、
 もっと政治が純真でありたい、
 ご清潔であってもらいたい、
 ヤミ取引をやらないでもらいたいということである。

 また、私は政治というものは二つの批判政党があっていいと思う。
 批判政党がなくてはいけない。
 日本のは批判政党ではなく、反対勢力と称して、
 絶対になんでもかんでも反対する。

 批判というものは非常にむずかしい。
 むこうのことをよく聞いてよく判断することが批判である。
 批判政党ではなくて、日本では反対党である。

 私は性格の同じ人とは組まない。
 私のところの専務はほとんど私と反対の性質の人が多い。

 なぜかといえば、私と同じ人だったら、
 同じ性質だった、私一人でたくさんなんだということである。
 幅の広いいい施策をしようとするなら、
 批判政党があって、その政党に批判されることである。」

本田さんの政治に関するお考えが
文書化されていますが
日本の国を動かしている政治が
本来のあるべき姿からずれているせいか
出だしの部分は政治家への希望が書かれています。

それに続く部分では本田さんの
考え方の特徴であるものごとを成し遂げるうえで
同じ考え方の人と組むのではなく
自分とは違う人と組む必要性を説かれています。

本田さんと専務の藤沢さんとは
考え方が違うというより
得意とする分野が違ったと思いますので
そのまま当てはまらないとも思います。

しかし自分とは違う考え方をした人と組むことで
より良い方向に会社とか国を持ってゆくことが
できるというのは確かにそうだと思いますが
人は自分と同じような人との方が楽なので
なかなかそうはいかないというのが現実かもしれません。
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2015年05月18日

お互いに頼る教育「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはここでは得意なものを
お互いに与えあう関係が
これからの道徳教育では必要ではと言われています。

「だいたい神様のような完成をめざして
 われわれを教育しようというのがむりなんで、
 教育するほうの先生だってたいしたことはない。

 だからみんなうぬぼれという完成に
 みんなさせてしまうのだと思う。
 そんな完成なら未完成でおいてもらうほうが最もいい。

 人に頼らなければ自分が生きていけないような、
 しかもその人に頼るということは、
 なにもよくならないことをいう意味の頼るでなく、
 いい意味の人に頼るということで、
 自分のものを余すことなく、得意なものは人に与える。

 得意なものは伸ばして、
 そうして人の得意なものをもらうという、
 有無相通ずるところの人に頼る。

 こういうふうな道徳教育がこれから必要ではないか。
 それならけんかをやらない。

 あれから離れたら生きていけないというので、
 我慢していこうということになる。
 だから完成に向かっての教育は、
 よほど考えないとえらいことになる。」

自分自身を神様みたいな存在に近づける
という教育方針では、
自分が正しいという考えに陥って
他の人の考えを受け入れられなくなってしまいそうです。

そうなると社会の中では
他人との軋轢が生じて
けんかに発展してしまう可能性があります。

その点、自分の得意なところは他人に与えて、
他人が得意なところは与えてもらう
そんな関係を築くことができれば
けんかをするわけもなく
お互いに頼りあっていい関係でいられるのでしょう。
 
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2015年04月24日

ギブ・アンド・テークに徹しろ「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは人に頼って
進めることが必要と言われています。

「戦前の、完成をめざしての
 いわゆる道徳教育だったら
 やらないでもらいたい。

 私みたいなそそっかしい
 早っぱしりするやつでも
 自分の得意なものが一つだけある。

 ほかのものはみんなできないから、
 結局人に頼ってやる。

 人にも益するし、
 やはり人が離れては困るから、
 もっといいたいこところも
 我慢するということもある。

 私だってこれでも少々我慢している。
 やっぱり自分が完成されてしまって、
 俺はこれでいいんだ、
 それはほんとうの完成ではないだろうが、
 そのときにはやはり私は
 うぬぼれというものができるんじゃないか。」

本田さんは会社の実印を
人に預けてしまっていたという
話しを本で読んだことがあります。

会社の創業者であったわけですが
経営はそれを得意な人に任せて
ご自分は得意な製品開発などに
専念されてご自分の夢を
実現されてきたと思います。

ここの文章でも
自分の得意なところはやるが
そうでないところは人に頼んでやってもらい
そうすることでお互いにメリットが出てくると
考えられていたことが分かります。

なまじっか何でもできる人とか
出来るようになってきた場合は
思わぬつまづきとなるでしょうから
そうならないように注意が必要との戒めでしょうか。
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2015年04月23日

何でもできるのはよくない「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは国でも人でも
何でもできるのはよくないと言われています。

「中立というのは武器がなければ
 できるというのものではない。

 このごろどうも社会党なんかがいっているが、
 武器をなくして中立するという考え方がある。
 武器がなければ中立できるという考え方はいけない。

 戦争をやろうと思ったら、
 これだけの工業国だったらすぐ武器くらいできる。

 もっと根源は、神様みたいな人間になってしまうか、
 しかしそれはできないんだから、
 損得で絶対どこの国とも通商をして、
 むこうの国も喜ぶしこっちも喜ぶということで、
 国産品愛用をあまりやらんことである。

 そうなれば戦争やろうとしてもやれやしない。
 それと同じように、個人が完成されて、
 俺はなんでもえらいんだ、
 なんでもできるんだといったときがこわい。
 だからなまじっか下手な教育はやらんでもらいたい。」

ホンダの考え方としてホンダウェイ
といのがあったと思います。

ホンダには「3つの喜び」という考え方があります。
その中には売つて喜び、買つて喜ぶというのが
含まれています。

この考え方は本田さんの思想を現したものと思いますが
会社が存続するには製品を販売することが必要で
売れれば販売した人は喜ぶことになります。

一方会社というのは
かならず何かを購入するもので
販売だけをやっているところは
ほとんどなく何かを買って何かを売ることで
商売をしている事になります。

その意味では売るために何かを購入するので
この関係が大事で自分だけが大きな利益を
上げ続ける会社は大きな利益を出すでしょうが
それが国となれば戦争につながる危険性が出てきたり
為替がふれてだんだんと世界での競争力が
落ちていく構図になってしまい
結局は不幸な国になってゆくきがします。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 本田宗一郎 思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする