2015年04月22日

スイスに学べ「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはスイスのやり方に
学ぶ必要があるのではと言われています。

「道徳というものはだいたい
 私は損得から出ていると思う。

 けんかというものも道徳も
 根源には経済も入ってきている。
 損得のけんかで益するならば、
 頭一つ殴られてもお得意さんなら我慢する。

 いまスイスが兵隊を持っていて
 戦争しないというのはそれだと思う。

 スイスというのは石炭も買い、鉄も買う。
 あれだけの立派な精密工業国でありながら、
 小麦も買い、ゴムも買う。また綿も買う。

 それで自分のアイデアと労力を入れたものを
 外国に輸出している。
 だから結局、スイスに対してほかの国は
 全部お得意なんだ。

 それでスイスの機械がなければ
 精密のなものはできないから、
 やはりスイスと断交はできないし、
 また買ってもらえるからなぐり込みもできない。
 あのスイスがなんでもできたら、
 もっと早く中立が破れたであろう。」

スイスというと精密機械が頭に浮かびます。
昔は時計が有名で時計というとスイスとなったと思いますが。
最近では日本製のムーブメントを使用した
やすい時計が数千円から手に入る時代となり
時計のありがたみも大きく下がってしまったと思います。

しかし高級な時計となると
日本の時計メーカーは全く太刀打ちできず
外国のブランドが上位に出てくる始末です。

本田さんによるとスイスは精密機械を
世界市場に販売しする代わりに
多くの原料を世界各国から購入する国であり
その意味では貿易収支のバランスが
取れている国だと思われます。

そうなるとお互いがお得様の立場になるので、
けんかすることもなくて
良い関係を継続して来られたということなのでしょう。

中立国であったので
金融面でもプライベートバンクが
スイスにあって秘密の資金を
預けることができたのかもしれませんが
最近はその面ではだんだんと
出来にくくなってきている可能性がありそうです。
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2015年04月21日

国産品愛用はやめよ「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは全部自分でやってしまうのは
けんかのもとであると言われています。

「たとえてみるなら、
 かつての日本は国産品愛用をやった。

 個人を大きな国にたとえるのは
 違うかもしれないけれども、
 国産品愛用をやって、 
 なんでもかんでも自分でやるんだという。

 ドイツがよく戦争をやるのも
 ドイツ国民は非常に愛国心が強い。
 愛国心というものは、 
 日本人もかつて愛国心が強かった。

 愛国心が強いために国産品愛用で、
 なんでもかんでもつくるようになった。
 自分のうちで全部まかなえるから、
 人から買わなくてもよくなってしまった。
 これがけんかのもとである。」

日本は原料は国外から購入しますが
それをもとに製品を作ることで
成長してきた国だと思います。

その時に自分で出来るものは
何でもの自分で作って
世界にその製品を輸出することで
成長してきました。

そうなると外国の国からみると
日本からどんどん製品を
購入することになるので
お金の収支でみると一方方向に
偏ってしまう時代が続いたので
これが問題となったのでしょう。

最近は反対の動きになっているので
喧嘩することはなくなるのでしょうが
日本の将来という観点では
心配な時代となってきました。
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2015年04月20日

道徳教育のやり方「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは道徳教育とはその人の特性個性を
余すところなく発揮できるようにすることと
言われています。

「さて人間対人間、これもやはりいままでのように
 一人の人を一つの型にはめよう、
 お釈迦様にあてはめよう、イエス・キリストのように
 あてはめようとするんだったら反対する。

 お釈迦様はお釈迦様の個性によってあれだけのものを築いた。
 俺はお釈迦様と反対に性欲も強いしキリストみたいに禁欲もできない。

 もしそうしなければいけないといっても忍耐もできないし、
 忍耐をしてまでそんなことはできない。
 不愉快だ。

 顔かたちが違うように、それぞれ個性が違う。
 神様に近づけようとする道徳教育だったら反対する。
 
 そうではなく、ほんとうにその人のもっている
 特性、個性、それを余すところなく生かして
 愉快に過ごさせるようにすることが、
 私は道徳教育の根本ではないかと思う。

 そうすればお互いに地位もできれば愉快にできるし、
 悪いこともしないですむようになる。
 自然とそうなる。

 それからもう一つ、どうもほんとうに
 神様のような人になれればいいけれでも、
 その過程において非常にそれは問題があると思う。」

本田さんの考え方の基本的なところに
個人の特性を生かすというのがあると思います。

個人個人にはそれぞれ特性があり
得意な分野と不得意な分野があります。
その人が輝くには得意な分野で
思いっきりその力を発揮できると
人間は幸せと感じるのでしょう。

幸せな状態で日々を暮していると
悪さをしようとか思うことなしに
立派な行いをするので、
自然と道徳教育をしているのと
同じ結果を得ることができると
本田さんはお考えなのではないでしょうか。
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2015年04月10日

堅いばかりが教育ではない「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは性教育については
堅いばかりではいけないと言われています。

「しかし反面において、全部ほとんど同じように
 一対一がぜんぶということになったら、
 アンバランスの人間のはけ口はどうなる。

 これは道徳的にえらいことだ。
 だれかが果たさなければならないだろう。
 犠牲的精神で国民の代表として果たすわけにもいくまい。

 だからこういうことは、無用なひどい社会の混乱、
 無秩序になるようなことになってはいけないから
 法律をつくるけれども、そこは人間の叡知というもので
 バランスをとっていくようなぐあいに、
 そこは含蓄のあるところの道徳教育をしなければいけない。

 性教育というものは、私はそう思う。
 絶対一対一に考えられない。
 はみだしたひとはどうなるか。
 えらいことになっちゃう。
 堅いばかりが教育ではない。
 性教育についてはボロが出ないうちにやめておこう。」

本田さんのここの部分は
ちょっとわかりにくいお話の
展開となっています。

先の文章で一夫一妻が原則であると
書かれているので、それを受けて
といっても全員がその原則を守らないと
いけないとなれば大変ということなのでしょうか。

一夫一妻という戸籍上のお話なのか
浮気は原則禁止であるが
多めに見て欲しい部分もあるということなのか
ちょっとこの文章だけでは分かりかねる内容となっています。
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2015年04月09日

性欲は自然の摂理「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは性欲があるのが自然と
言われています。

「私はイエス・キリストとお釈迦様は
 中性の人間じゃないかと思う。
 というのは、イエス・キリストが
 女房をもらったということは聞いたこともないし、
 お釈迦様もとにかく修行のために
 山に入るとき自分の女房と別れて入っている。

 性欲とかいうものに非常に耐えられたということは、
 精力が強くなかったということ、 
 つまり中性だったんではないのか。
 それだからああいうふうに禁欲生活もできれば、
 いろいろなこともできる。

 これは男として、あるいは女として生まれて、
 性欲というものは自然に神の摂理で要求がある。
 そうすると女房ももらわないでもいいとか
 なんとかいうことはおかしいので、
 やっぱり自然の要求で浮気もしたくなる。

 だからといって、私はもちろん現在の
 一夫一妻の原則は破るということはよくないことだと思う。」

本田さんが亡くなった時に
NHKを含めて特集番組を放送しました。

その中で、「ちん〇と頭は生きているうちに使え」
という本田さんの言葉が紹介されました。
この言葉の紹介から、本田さんは性欲がかなり
強かったのではないかと想像できるわけです。

性欲が強いという点では
戦国の武将とか英雄とかも同様と思います。
そうでなければ敵を蹴散らして
自分の天下を狙わないのだと思います。

性欲がないということと
宗教の教祖とはそのような因果関係があるかは
ちょっと説明が付きにくいところです。
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2015年04月08日

二宮尊徳は古い「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは二宮尊徳の勤倹貯蓄の
考え方は古いと言われています。

「二宮尊徳の勤倹貯蓄の精神はご免こうむる。
 現在、日本経済の成長率が世界一とか
 なんとかいわれているのは、
 消費物資のおかげだと思う。

 なんでもかんでも勤倹貯蓄の旗じるしにかかげ、
 銀行に金ばかり預けても何もこしらえず、
 食べるものも食べないでやっていたって、
 一つも進歩は出てこない。

 人間は生活をエンジョイしなくてはいけない。
 このエンジョイを罪悪視すると、
 人間の文化はグングン落ちてしまう。
 消費によって世の中というものは支えられている。

 むだな消費は困る。いわゆる消費のための消費は困るが、
 エンジョイするための消費はいいと思う。
 消費しなかったらえらいことになる。

 私は道徳教育が経済の消費の面まで
 入ってきてはむりだと思う。
 昔の道徳教育が経済の面まではいってきたら
 これはむだである。

 どだい道徳家が経済まで入ってきてはむりだ。
 自分の分野だけにしておくべきである。
 だからこれからの道徳教育も、
 私は個人個人に完成されるということについて、
 そうとう問題があるんじゃないかと思う。」

本田さんは生活をエンジョイすることに
かなりの重点を置かれていたと思います。

人間は自分の生活を楽しむために
会社で働いて給料を得て、
そのお金で自分のしたいことをやると
考えられていたと思います。

働くのは自分のためであり
会社のためであるはずがないのです。

二宮尊徳の時代はよく働いて
それを貯蓄に回さないと
藩の財政を立て直すことができなかったのでしょうが
現代にその考えを持ち込むと経済発展が
出来なくなってしまうので
働いてお金を稼ぎそのお金をどんどん使うことで
経済は発展してゆくものだと考えるべきなのでしょう。

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2015年04月07日

時間兌換券「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはこれからは少し働くだけで
充分な時代が来ると言われています。

「かくして人間は欲するだけ工場で働き、
 その対価として、金ならぬ「時間券」を
 もらうわけである。

 「時間券」をもらった人は、
 どこへでも自由にその時間の範囲内で
 遊びまわることができる。

 たまたまアメリカで夢中になって遊んでいたら、 
 「時間切れ」となったとしても、
 最寄りの工場で働いて、今度はアメリカ発行の
 「時間券」をもらって日本へ帰ってくればよいわけである。

 文化は大いに進んでいるから、
 ごく短時間働けば、たんまり食べるだけの
 時間券がもらえるから、
 今日のように労働時間基準法などがあって、
 一日8時間精いっぱい働かなければ
 食ってゆけないなどという話は
 みな昔話になる。

 「時間券」が「時間兌換券」にとって代わって、
 社会に通用する時代が目の前に迫っているのに、
 まだだれもこれに気づいていない。
 全くおかしな話である。」

この文書を読んでいると
夢物語のような感じを受けます。

確かに工場でいろんなものが安価にできるようになると
昔のように頑張って働かなくても
充分な日常品とか食料が作り出すことが出来る時代となります。

しかし現実を見てみると
工業製品が安価に大量に作れる時代となり
それらはコモディティー化して
そこで働く人々の給料は下がってしまいます。

そうなると今まで以上に何かで稼がないと
食糧にありつけなくなっています。

本田さんの話しからは
物があふれる時代となれば
遊んで暮らせるイメージを受けますが
現実はそんなに甘くはない気がします。
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2015年04月06日

時間の価値「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは時間は神が作った
ものであると言われています。

「金も価値を失い、食料も工場で
 大量に生産されるようになれば、
 人間の欲望もいまとは
 全く変わったものとなることは当然である。

 そこで時間がいちばん価値のあるものとなる。
 時間だけは神様がつくったものだから、
 人間の文化がどんなに進んでも、
 どうにもなるものではない。

 食料が工場で生産され、
 あらゆる価値が時間を単位にして
 計られるようになれば、
 もはや国境などというものはない。

 アメリカでも日本でも「時間」は共通である。
 決して異質なものではないからである。

 水と空気を回転させて、
 食料を作りだす工場の技術や内容も、
 別に差別されることはなくなるだろう。」

本田さんは時間をとにかく大事にされた方です。

ここでは今までは価値があると思われていた
金とか食料などが工場で作られるようになると
ありがたみがなくなり欲望も変わってくると
考えられていることが分かります。

それは何者も不足している時は
皆さんそれを手に入れようとしますが
それが簡単に生産できて
大量にまた安価に手に入るようになると
特別それを欲しいと思わなくなるので
価値が下がってきます。

なんでも手に入る状況となると
人間が作り出せないものである
時間とかは今まで以上に価値が
出てくるという事ではないでしょうか。
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2015年04月03日

アイデアの時代「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはアイデアを出す人間が
高く評価される時代が来るといわれています。

「木材から砂糖はすでにつくられている。
 繊維も現にアミランその他に見られるように、
 カーバイト等の合成である。
 硫安は40年も前から、
 空気中の窒素から抽出されている。

 これは食糧が工場で生産される第一歩どころか、
 1950年にアメリカで水中微生物の
 クロレラの化学育成が研究されはじめた。

 工場で蛋白質が合成されるようになれば、
 田も畑もいらなくなる。
 労働についての考え方も、
 原子力時代にふさわしいものとなるわけである。

 もちろん、機械化と合理化は極端まで進むであろうが、
 それでもいわゆるそれらの文明をつくりだす能力、
 すなわちアイデアだけは絶対に排除できない。

 そこにアイデアの泉たる人間が高く評価される時代がやってくる。
 生命が大切にされる時代であり、
 人権が尊重される世の中となるわけである。」

本田さんによると文章が書かれた時代でも
多くのものが工場で生産できていた様で
クロレラの研究も進んでいたことが分かります。

人間が生きていくのに必要な栄養素の一つである
蛋白質もそのうち工場で作られそうな
感じをうけますがそれはまだ実現できていません。

しかし、最近ではミドリムシ(ユーグレナ)を
培養して生産する会社が現れていて
ミドリムシから栄養素とかジェット機の
燃料を作ることになりそうなので
アイデアがあれば無限の可能性がある気がします。
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2015年04月02日

金本位制からの脱却「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは錬金術ができれば
世の中の価値が変わると言われています。

「そこで価値に関する考え方が、
 急速に変わってきていることも
 知らなければならない。

 資本主義社会における経済の価値は
 金何グラムに相当するかによって、
 定められることになっている。

 錬金術師が描いた夢は、
 もはや夢ではない。
 山梨大学の先生は、
 ダイヤモンドの人造に成功している。

 鉛の分子配列を原子力の作用で変えて、
 金にすることのできる日も近いはずである。
 そうなれば金単位などという
 価値についての考え方は当然、
 なくならざるを得ないだろう。」

お金は昔は貝であったらしくて
財産とか貧乏とかの漢字には
貝という字が含まれています。

その貝の代わりに不変の価値のあるものとして
腐食とかに強い金が貨幣になってきたのでしょうが
その金が人工的に作られるようになると
今度は金に変わるものが
必要になってくるのかもしれません。

しかし現代ではお札がその代りをしていて
お札は人工的にどんどん印刷することが出来るので
人工的に経済を良くしたりできる
大変な時代になってきました。

今まで価値があったものが
急に価値がなくなる可能性がありますので
自分の財産をどうするかを
考えておく必要がある気がします。
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2015年04月01日

日進月歩の時代には在庫は悪「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは日進月歩の時代に
ストックをすることは
意味をもたないと言われています。

「今日の文化の進歩をもってすれば、
 戦争のために飛行機をつくり、
 ロケット砲弾をストックして、
 来たるべき戦争に備えることは
 意味をなさない。

 日進月歩の社会では、
 昨日の軍備は明日の戦争には
 役に立たないかもしれないからである。

 そこで今日の社会ではたとえ新兵器が案出されても、
 それを量産するような馬鹿馬鹿しいことはない。

 試作あるいは一部の生産にとめて、
 あとはいつでも量産できる態勢を保ちながら、
 次から次へと、新しいアイデアを蓄積していく
 時代に変わってきている。
 
 軍備の競争ではなく、
 アイデアの競争が現代の
 国際競争の実状とみるべきである。」

本田さんのお考えでは
技術がどんどん進歩している状態では
現物を在庫で持っておくことは
危険であるとなっています。

これは言われるとしごく当然で
現在の技術で作られた
兵器とか製品をたくさん在庫しておくと
新しい技術が出てくると
旧来の製品は競争力を失います。

そうなると国とか企業は
生産に時間が掛かる基幹部品とかは
在庫せざるを得ないが
それ以外は必要となってから
すぐに完成品に出来る体制を
作っておくことが肝要となります。

このあたりの考え方は
技術の進歩がきわめて速い
現代でも心しておくべきことでしょう。

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2015年03月31日

社会は日進月歩する「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはここではマルクスの理論で
現代を体系立てることができない
と言われています。

「カール・マルクスは「資本主義社会は
 その自らの矛盾のために
 やがて崩壊してゆくであろう。

 資本主義は戦争という副産物によって
 破滅すべき宿命をもっている」と
 予言した。

 しかし、それは完全に的を外れてしまった。
 アメリカの資本主義はますます繁栄し、
 今後の景気の上昇もほとんど
 疑う余地がないといわれている。

 原子力の時代に入った今日では、
 戦争という言葉で表現される内容が、
 1800年代にマルクスの頭で
 描きえたものとは全く様相を異にする
 ものとなりつつある。

 時代がここまで飛躍してくると、
 もはやこれらの社会の発展の方向を、
 彼の理論では体系立てようとすることが
 どだい無理である。」

マルクスといえば有名な学者ですが
私はその理論を読んだりしたことはありません。

昔頭で考えて体系づけた理論は
長年多くの人の指針となったのかもしれませんが
本田さんが言われているように
時代が変わりその理論通りになっていないことから
事実が理論が正しいかどうかを証明しています。

ここの文章の中で原子力という言葉が出てきます。
昭和30年代の文章ですから爆弾の話し
かもしれませんが現代は発電で議論があります。

世界を見渡すと原子力発電を
どんどん導入している国と
継続して使用するが将来的には
減らしたい日本のような国、
原子力は危険なので導入しない
ドイツのような国、などいろんな考えがあります。

何が正しいかは将来になってみると
はっきりするのでしょうが
今はいろいろ議論しながら
一番よさそうな道を選ぶしかないのでしょうが
それも新しい技術が出てくると全く違う
結論になるというケースもありだと思います。
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2015年03月30日

日本語のあいまいさ「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは日本語のあいまいさが
誤翻訳につながったと感想を述べられています。

「これは私の赤毛布物語であるが、
 こういうことがなぜ起こったのかは、
 やはりわれわれとして
 よく考えてみる必要がある。

 まず第一に、
 ヨーロッパでは腹の中に
 虫を持っているものが少ないために、
 寄生虫といった場合は、
 肌につく虫だけを連想するほどに
 衛生面が進歩しているのであろうか。

 そうだとすれば口では文化文化といいながら、
 同じその口で回虫の卵のついた
 野菜を平気で食っている、
 日本の現状と比べてうらやましい次第だが。

 次に、ヨーロッパでは腹の中の虫と、
 肌につく虫とを言葉の上で使い分けており、
 私が寄生虫といった場合の虫は
 肌につくものをさしたであろうか。

 そうだとすれば、日本語のアイマイさ
 (翻訳にあたっての)は一考の要がある。
 ナフタリンを飲みそこなった腹いせではないが、
 私はこう思ったのである。」

言葉の意味を理解するうえで
その国とか年齢からして
おのずと意味が違ってくる気がします。

ヨーロッパ人にとって
虫というとお腹の寄生虫という発想はなく
衣服につく虫と自動的に考えてしまうのでしょう。

もう一つは本田さんが指摘されているように
日本語の曖昧さがあって
それを通訳の方が的確に翻訳できなかったのでしょう。

本田さんももう少し具体的に
虫についてお話しされてれば
お腹の虫と衣服の虫とで間違われる事は
なかったのではないでしょうか。
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2015年03月20日

寄生虫の話「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんはイタリアで起きた
言葉での行き違いについてのお話をされています。

「昨年ヨーロッパ旅行中イタリアでの話である。

 とある街で私は急に下腹のあたりに痛みを感じたので、
 これはテッキリ回虫の仕業だと思い、
 附近の薬屋に飛び込んだ。

 その店で「寄生虫の薬をくれ」というと、
 薬屋のオヤジは、うちにはないからここに行け、
 といって1キロほど先の別の店を教えてくれた。

 薬屋に虫下しがないとはおかしな話だと思ったが、
 痛む腹をかかえて教えられた店まで
 たどりついたところ、そこは乾物屋のような
 感じで店先には数名の婦人がたたずんでいた。

 ここでまた「寄生虫の薬をくれ」というと、
 今度は大きな袋に入れた薬を出してきた。
 日本の虫下しは小さな薬包に入っているのに、
 これはどうも変だと思い、「使い方を教えろ」と聞くと、
 適当に使えばよろしいという。

 ますます話がおかしいので
 「材料を見せてくれ」というと、
 オヤジが袋からオモムロに取り出してきたのは
 なんとナフタリンだった。

 「違う違うこれだ」と下腹を指でさして見せたら、
 「わかったわかった」と大笑いして
 前に行った薬屋を教えた。

 前に行った薬屋で、またまた大笑いをされた挙句の果てに、
 やっと本物の虫下しを手に入れることができたが、
 ナフタリンを飲みそこなった当人にとっては、、
 笑いごとどころではなく、冷や汗ものだった。」

本の題名とここで書かれている
本田さんの寄生虫の話はちょっと関連がわかりませんが
イタリア旅行中に起きた
言葉の違いによる行き違いの話となっています。

寄生虫というのは私の子供の頃は
学校で検査をした記憶がありますが
現代の日本ではあまり関係がない
話となっていると思います。

薬屋に入って現地の方とのやり取りは
本田さんご自身がされたのか
通訳の方がおられてされたのかは
ここの文章からは分かりませんが
いろんなやり取りをされているので
通訳が入っていると思います。

その場合通訳の方が本田さんの
聞きたいことを理解せずに
薬屋のオヤジに寄生虫を
イタリヤ語に訳したのだと思いますので
通訳の方のレベルがいまいちだったのかもしれません。

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2015年03月19日

時間を有効に使う「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは長生きするだけではなく
時間を有効に使う必要があると言われています。

「とにかく、私たちは体を消耗しないで、
 短時間に有効な仕事をしなければならない。

 自転車にバイクをつけるのも然りであって、
 決して贅沢品とは言えない。

 また最近、医学の発達は人生50年を
 15,6年延長したといわれるが、
 しかし、ただ単に
 「お前百まで、わしゃ九十九まで」
 生きたところで、それだけでは幸福とは言えない。

 本当の幸福は、
 生きている時間をいかに有効に使うかによって、
 これが幸福の意味になるし、
 またそこにその人の価値が現れてくるわけである。

 一つのネクタイやネックレースの
 如何よりも時間の浪費こそ
 最大の贅沢であることを、
 私たちは忘れてはならない。」

信長の頃は人生50年と歌っていたのでしょうが
それは長いこと続いたのでしょう。

人生が短かった時代はそれに合わせて
生まれてから死ぬまでの間の出来事も
現代より早め早めに進められたようです。

昔は十代に結婚することは普通だったのでしょう。
赤とんぼの歌では「姉やは15で嫁に行き」と
歌っています。

それに比べて現代は結婚はだんだんと遅くなり
ちょっと前までは30までにと言われていましたが
最近は全くそんなことはなくなりました。

仕事を引退してから死ぬまでの時間も
たっぷりあるのでその時間を
如何に有意義に過ごすかは現代人の
大きな課題となっている気がします。

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2015年03月18日

世はスピード時代「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは時間の浪費が
一番の贅沢になったと言われています。

「過日、ある一流新聞に、バイクモーターは
 贅沢品だといった意味の記事を見受けた。
 
 自己弁護するわけではないが、
 それは現代がいかにスピード化されているか、
 認識不足もはなはだしいものといえよう。

 もっとも「お軽勘平」時代には
 駕籠が実用的で、
 自転車出現などといっても、
 それこそ贅沢品そのもののように
 考えられたであろう。

 しかし、オスロ−東京間三十八時間の現在、
 自転車はむしろ実用品としては
 おきざりを食った観がある。

 現代がなぜスピード化されたか、
 それはいうまでもなく
 時間の浪費こそ、
 最大の贅沢でだからであろう。」

本田さんは逆説的に
時間の大切さを説いておられるようです。

人間の持ち時間は大体決まっています。
そして一日は平等に24時間となっています。
なのでどんどん仕事をしたい人にとっては
如何に時間を有効に使うかが大事となります。

よって移動にかかる時間を
いかに短くするかを考えて
高速で移動できる乗り物には
少々高くてもお金を出すことになります。

それほど現代は時間が大事な時代となったのでしょう。
昔は船で海外の国に長い期間掛けて
渡航したのでしょうが現代は時間単位となり
長くても何日の単位となっています。
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2015年03月17日

モンペと国民服「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは実用品を芸術品に仕上げる
努力が必要と言われています。

「いわゆる、実用的な要求から出て来た
 実用品が、人間の知性と努力によって
 だんだん美しい芸術品に仕上げれらて行く
 過程が忘れられると、美しいものと
 醜いもの、実用品と贅沢品を混同するような
 馬鹿げた視野が生まれてくることになる。

 私たちは戦争中、
 甲号とか乙号とかの国民服を、
 女性はモンペを強制されたものであるが、
 同じ布地でももっとスマートに
 美しく出来るものを、
 国民服やモンペで得々としていた考え方からすれば、
 万事すべて贅沢品に見えるわけである。

 このような視野の狭い考え方では、
 日本の商品を世界に輸出して
 世界経済の仲間に入ろうなどと
 思いもよらぬことといえよう。」

服装というものは生地を
考えた型に従って切り抜いて
それを縫い合わせて仕上げることになります。

なのでどのような型を考えるかで
出来上がる服が変わってきます。
デザイナーのつくるフォルム次第で
同じ生地から出来上がる服は変わってきます。

車も元は鉄板とかで同じものでしょうが
デザイナーが考えた車のフォルムで
同じ鉄板の付加価値が大きく変わることになります。

価値の高いものほど消費者は
購入したいと思うでしょうし
少々高くても買いたいとの衝動を覚えるものです。

それは人間においても同じで
美しい女性の方が多くの男性にモテるのと
同じではないでしょうか。
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2015年03月16日

贅沢品と芸術品「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは美しい事こそ大切であると
言われています。

「つまり「要注意の赤信号」は実用と贅沢の
 境界線に点滅しているのであって、
 その判断の基準を誤って、
 あまり物事の形式面にとらわれると、
 以上のようなことになりかねないわけである。

 たとえば、品物の製作の面から考えると、
 フォルム(形態)が大切な要素になるが、
 このフォルムも格好も良く作れば贅沢品で、
 悪くつくれば実用向きであるなどどいえば、
 誰でも吹き出すほど滑稽なことである。

 ところがあにははからんや、
 この一見滑稽な考え方が、社会通念の底に根強く
 「日本的道徳流」の執念深さでもって
 横たわっているのではないだろうか。

 ある人が自動車を買うとしよう。
 ところでその人は何はさておき、
 ボンネットをあけて見るより、
 まずその美しいフォルムに見とれるであろう。

 といって、われわれはその人が贅沢な素質をもっている
 といって非難することはできない。
 それは美しく芸術的であってこそ、
 はじめて長い実用に耐えることを意味するからである。」

本田さんのこの文章を読むと
技術者としての本田さんを強く意識してきましたが
そうではなくていかにお客様に買っていただくかを
考えて車の姿かたちが大事と考えておられて事が分かります。

デザインというのはそれによって
お金が掛かるものではないので
如何に美しく仕上げるかは
デザイナーの腕の見せ所なのでしょう。

しかし曲線を多用すると金型の作成に
お金が掛かる気がするので
一概に値段は同じとは言えないでしょうか
如何に美しくデザインするかは売り上げに
大きく影響する重要なポイントなのでしょう。
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2015年02月20日

贅沢品「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは現代人は贅沢品に
囲まれていると言われています。

「贅沢品とは何ぞやということになると、
 これはきわめてむずかしい、
 誤解しやすい問題であると思う。

 たとえば、だれもが容易に想像するように、
 女性の身の廻り品についていえば、
 南京虫時計然り、ネックレス然り、
 イヤリング然り、といったぐあいであるが、

 同様の筆法でいけば、男性にしても
 ネクタイ然り、カフス然りということになろう。

 いわゆるいままでの封建日本の
 二宮尊徳流に考えて煎じ詰めれば、
 音楽会も絵画展も贅沢だ
 ということになりかねないわけである。

 それでは現代人は贅沢品のなかに
 埋もれて生活していることにでもなろうか。」

この文章で何かと思うのは「南京虫時計」です。
ネットで調べてみると戦前に流行った
女性用の小さな腕時計の事の様です。

時計というものは柱時計にしても
腕時計にしても高価なものだったのでしょう。

しかし最近はクオーツの技術を使った
ムーブメントを日本のメーカーが
安値で世界中に販売したので
とっても安く時計が手に入る時代となっております。

一方で海外のブランドの時計では
高級なものが多くあり
日本製とは一線を画しています。

それは実用性は当然でしょうが
贅沢品として身に着ける事となります。
私も結婚記念日に身分不相応とも思いましたが
海外ブランドの時計を感謝の意味を込めて
家内に送ったことがあります。

現在は本田さんの文章の時代よりも
さらに進んで贅沢品に囲まれています。
一方素朴な生活も人気とも思います。
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2015年02月19日

技術者は芸術家でもある必要がある「スピードに生きる」本田宗一郎

本田さんは製品には実用性以外に
芸術性も求められると言われています。

「日本のおおよその工場を軍が
 支配していた時代の製品は、
 38式歩兵銃によって代表されるように、
 実用価値一点張りの域を出なかった。

 一応の役に立つには相違ないが、
 世界の製品市場においてはほとんど
 無価値に等しいものであった。

 実用性を具備することは、
 商品学入門第一課にすぎない。
 実用価値の上に芸術的価値をあわせ具えたときに、
 はじめて完全な商品となるのである。

 たとえば、アメリカの自動車のように、
 完全な実用性を具備した上に、
 高い芸術的価値の域にまで達しているのなら、
 世界市場において優秀な商品としてもてはやされるのである。

 この意味から現代の卓越した技術者は、
 すぐれた技術者であると同時に、
 秀でた芸術家でなければならない。
 科学者の知恵と芸術家の感性とを
 あわせもたなければならない。」

本田さんは製品のデザインには特に
注意を割かれていたと思います。

エピソードとしてはオートバイの
デザインをするために
京都とか奈良の仏像を見て回ったと
本で読んだことがあります。

またデザイン関連については
デザイン室に勤務されていた方が
本田さんとの思い出を本にして
出されていたと思います。

ユーザーが最初に車を買う場合には
エンジンの性能を第一にチェックすることはありません。
やはり最初は外観が自分の趣味にあうかです。

その次は価格でしょうか。
それと燃費性能を確認すると思います。
人によっては走りを気にされる場合もあるでしょう。

このように車を買う判断基準で
最初に来るのはデザインとなります。
男性でもそうと思いますが
女性の場合は特に可愛らしさを求めると思います。

こんなことがわかっていたので
本田さんは必然的に技術者には
芸術性も求める事となったのだと思います。
posted by 素朴な自由人 at 00:00 | Comment(0) | 本田宗一郎 思想研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする